BBCドラマ「ロンドン・スパイ」全エピソード徹底解説! Episode 5

ここからはネタバレ注意!!

Episode five


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ダニー「あいつが殺された理由を知らなければ、俺を責めたりしないはずだろ?」
フランシス「それは良い質問ね。」
最愛の親友だったスコッティとの別れ。葬式に現れたマーカスから、もはや協力はできないと告げられる。スコッティを失っては戦えないとクレアも諦めた。ダニーはアレックスの研究を世界中のマスコミに送ったが全ては無駄だった。陰謀に気づいた警察すら手を引いてしまった。
スコッティの遺産を受け継いだダニーの元に突然、縁を切った両親が現れた。自分を愛さなかった両親。金目当てかと疑うダニーに、病気の父親に残された時間を家族らしく過ごしたいと言う。しかしこれも仕組まれたものだと気づくダニー。家族写真を撮ろうとしたカメラのフラッシュは、ダニーが身につけていたシリンダーのデータを消去していたのだ。
もはやダニーには戦う術は無かった。彼にできる事といえばHIV患者の会で嘘のようなアレックスとの物語を告白するだけ。しかしそこで愛情に満ちた家族を見て、アレックスに愛情を与えなかったフランシスを思い出した。ダニーは彼女がアレックスの死について何かを知っていると気づいたのだ。
フランシスの元を再び訪れたダニー。フランシスは彼をアレックスの隠し部屋へ招き入れた。アレックスが書いた数式で天井から壁まで埋め尽くされた部屋。彼女は自分がアリスターをスパイにしたのだと告白した。自分の才能は認められず、夫はスパイの裏切りで失脚、酒とセックスに逃げた結果、息子に自分の夢を託したのだと。
しかしダニーは彼女の嘘を見抜いた。使用人の女性こそが実はアレックスの生みの母で、彼の才能に気づいたフランシスが育ての母となったのだ。嘘の世界でアレックスを孤独にしたとダニーは責めたが、フランシスはセンチメンタルだと切り捨てた。そしてそのセンチメンタルさこそがアレックスの命を奪ったのだった。
事件当日、箱に閉じ込められたアレックスの説得を任されたのがフランシスだった。研究も全てを捨てて別人となって生きるしかアレックスに選択はなかった。しかしアレックスには捨てられない人がいた。全てを捨てると答えたアレックスの嘘は彼自身の法則で見破られた。そして息子を失って、自分がどれだけ愚かだったのか思い知らされたフランシスだった。
ダニーは真実を公表するようにフランシスに迫るが、真実など誰も信じないと拒まれる。ダニーとフランシスの間で板挟みとなった産みの母は、奪われた息子の才能の象徴だった巨大迷路を焼き払うことしかできなかった。
絶望の中で屋敷を去ろうとするダニー。しかしフランシスが突然ダニーの車に乗り込んできた。真実を明らかにする決心をしたのだ。勝ち目はないと微笑む彼女を乗せてダニーは車を走らせた。
答えが欲しいんだよ、くそっ! TVの歴史に残されたのは、謎にみせかけて撒き散らされたミステリーの死骸、そしてファンが熱望した結末は最終回で放り出されてしまった。人々を熱狂させた作家トム・ロブ・スミスの「ロンドン・スパイ」は完結したが、我々は失望させられたのだろうか?
ー 「ロンドン・スパイの最終回は我々を失望させたのか?」ジャック・シール 2015年12月7日 ザ・ガーディアン

世界中の諜報機関が敵!?ダニーにHIVウィルスを注射したのは誰??テムズ川で名刺を渡してきたアメリカ人は?スコッティを殺したあのタクシーは?何よりもアレックスを殺したのは誰??こんなに山積みの謎を残して「あと1時間で全て謎が解けるの??」と別の意味でドキドキしながら迎えたロンドン・スパイの最終回。案の定、謎解きも犯人探しも全くありません。マジかっ!(苦笑)


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ザ・ガーディアンのガブリエルさんも、

終わってしまったこのドラマに私は未だにどちらともいえないような感情を抱いている。しかし最終回が馬鹿げて信じがたい終わり方だったとしても私は楽しんだ。それはひとえにベン・ウィショーの素晴らしさによるもので、それがこのドラマの情緒的な部分を担っていた。
ー ガブリエル・テイト 2015年12月7日 ザ・ガーディアン

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しかし先ほどのガーディアン紙のジャック・シールはこう続けています。

ロンドン・スパイのスリルとは、キャンバスの上に確信的にほんの少しだけ置かれた筆の跡のようなものだ。・・・単調な説明がこの省略の美学を破壊してしまうのは明白で、ほんの少しの説明でもこのドラマの魔法は解けてしまっていただろう。スリラーがこれほど美しい様式で作られたのはドラマ「シャドウ・ライン」以来だ。
ー 「ロンドン・スパイの最終回は我々を失望させたのか?」ジャック・シール 2015年12月7日 ザ・ガーディアン

そして実はこのドラマにおいて最も重要な謎の答えは出ていたのです。

「誰がアレックスを殺したのかとか、スパイの世界のストーリーが最大の謎じゃない。彼らのラブ・ストーリーが真実だったのかどうか、アレックスは本当にダニーを愛していたかどうかなんだ。それがキーとなる謎解きだ。このストーリーに現実世界のテロリズムみたいなテーマを組み込んだところで、彼ら二人の関係には何の関わりも無い話だろ?それが彼の恋人を殺したというだけで、それ以上に何の共鳴も起こさない。」
ー トム・ロブ・スミス インタビュー 2015年12月17日 ザ・ガーディアン

と、言い切るトム・ロブ・スミス。

「これはスパイ仕立てのプリズムが輝く中で描かれる人間関係のドラマなんだ。」
ー トム・ロブ・スミス インタビュー 2015年12月17日 ザ・ガーディアン

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そして散りばめられた謎が解けないのはダニーがスパイの世界の人間ではないから。

ウィショーは(007シリーズの)「スペクター」ではMI6の歴史を徹底的に調べたが、「ロンドン・スパイ」では意図的にリサーチを避けたと言う。
「ダニーは、彼が足を踏み入れようとしている世界の人間ではない。自分がスパイ・ドラマの中にいるとは彼自身が知らないという事が重要なんだ。」
ー ベン・ウィショー インタビュー 2015年10月23日  インディペンデント

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押しつけられた嘘の世界の中でのアレックスの孤独に涙を流すダニー、そして「ダニーには二度と会わない」とトランクの中で嘘をつくアレックス。いや、もう、謎なんてどうでもいいやぁ(苦笑)と思わせてしまうこの結末。ゲイのラブ・ストーリーを織り込んだスパイ・ドラマではなく、スパイ・ドラマの手法で描かれた美しいラブ・ストーリー。それこそが「ロンドン・スパイ」なのです。

謎が解ける度にその下に隠されていたのは世界的な陰謀でも政治的な秘密でもなく、アレックスがどれだけダニーを愛していたのかという真実。こんなラブ・ストーリーの描き方があるのかと驚かされ、そしてそのラブ・ストーリーの美しさに魅了されてしまう。

”トランクの中のスパイ”というトム・ロブ・スミスが書いた導火線は確かにニュースを切り口としているが、しかし物語は直ぐにその枠組みから飛び出していく。レ・カレへの崇拝は明らかだとしても、むしろフィリップ・ロスやグラハム・グリーンといった作家の影響が大きい。それは社会と個人の偽りを同時に描いていく手法だ。ベン・ウィショーのダニーはスパイ・フィクションでは珍しく、スパイではない主人公だ。彼はアレックスを自分のパートナーだと思っていたのに、ストーリーが進めば進むほど彼を知らないことに気づいていく
ー 2015年トップ40ドラマ 2015年12月13日 ザ・ガーディアン

そしてさらにこのドラマが評価されているのは、登場人物はゲイであってもあくまで普遍的な「ラブ・ストーリー」として描かれていること。

「ロンドン・スパイ」は表面上は殺人ミステリーであっても、実際は異なる世界に住んでいた二人のはみ出し者が、ロンドンのエンバンクメント地区で出会うロマンスだ。彼らがゲイだという事実は彼らの感情には何の関係もない。ウィキリークス世代の「裏切りのサーカス」といえるトム・ロブ・スミスのこのスリラーの中では、愛はあくまで「愛」なのだ。
ー 「『ロンドン・スパイ』こそ私が視聴料を払う理由だ」アリソン・グラハム 2015年12月7日 ラジオタイムス
これはまさに大人の番組だ。この数十年の間でテレビが扱ってきたヘテロセクシャル間の関係と何ら変わりなくゲイの恋愛とセックスが扱われている。
ー 2015年TOP40ドラマ 2015年12月13日 ザ・ガーディアン
「(ダニーのセクシュアリティが明確な点について)それだけが、彼がはっきりと自覚していて、全く隠そうとせず、そして彼が気にもしていない事柄だ。」
ー ベン・ウィショー インタビュー 2015年10月23日 インディペンデント

ダニーはあくまで”単に”ゲイであり、そしてアレックスにとって「たった一人の人」であるダニーがたまたま男性だった。「ロンドン・スパイ」は素晴らしいゲイ・ラブ・ストーリーではなく、ただ素晴らしいラブ・ストーリーだからこそ、多くの人々の心に共鳴を起こしたのです。

ただしトム・ロブ・スミスは、映画の世界ではゲイのラブ・ストーリーで資金を集めることが出来ないため、TVドラマだからこそ可能だったと語っています。

「人々が顔を背けるようなゲイの人間関係をストーリーに織り込むのは何か意味があるのかと、おエラいさん達が質問するのをこれまで何度も聞かされてきたからね。でもゲイの人々は何年もの間、ストレートの人間関係を観て、それに熱中してきたんだ。だったらその反転したバージョンのドラマを観たって良いはずじゃないか?」
ー トム・ロブ・スミス インタビュー 2015年12月17日 ザ・ガーディアン

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ところで、唐突な感じも否めないあのエンディング。フランシスが手のひらを返したかのようにダニーと共に戦いを宣言するだなんて・・・あんな前向き(?)なエンディングなんてイギリスのドラマらしくないぞぉ(笑)

実はトム・ロブ・スミスは別のエンディングを考えていたそうです。

「本当は脚本にはさらに5ページあって、そこにダニーがこの先どこにいくのかヒントが描かれていたんだ。手がかりはハリエット・ウォルターのキャラクター(クレア)が彼を図書館に連れて行ったシーンだ。彼がアレックスを近くに感じられるのは教育の場で、そこで自分自身を見つけるだろうと考えたんだ。」
ー トム・ロブ・スミス インタビュー 2015年12月17日 ザ・ガーディアン

スコッティがダニーのノートを送った理由は、クレアに彼の未来を託したんですね。このエンディングの方が「ロンドン・スパイ」にはふさわしかったような・・・。


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あのエンディングはまるで「ロンドン・スパイ 2」に続くかのようですが(謎解きもそのために残したかのように見えてしまう)それに対してトム・ロブ・スミスは否定しています。

BBCからは打診されたけど、僕の直感としては続けないのが良いと思っている。二つの中心となる人間関係を失ったのに、誰を使ってダニーを動かせば良いと思う?シャーロット(フランシス)とベン(ダニー)は頭脳で勝負して欲しいから、あの二人が友人という関係で同じ輝きを生み出せるとは思えないんだ。
ー トム・ロブ・スミス インタビュー 2015年12月17日 ザ・ガーディアン
エンディング・シーンは「ロンドン・スパイ2」の可能性を残しているが、それはやめてくれ。これは素晴らしい1回限りのストーリーなのだから。
ー 2015年TOP40ドラマ 2015年12月13日 ザ・ガーディアン

そんな、映像化されなかった最後の5ページは、出版された「ロンドン・スパイ」の脚本の中で読む事ができます。

真実を明らかにする決心をして、車を走らせて屋敷を出ようとしたダニーとフランシスだったが、屋敷の管理人に車のタイヤを撃ち抜かれ、フランシスは頭に怪我を負う。
「アリスターがなぜ貴方を好きになったのか分かったわ」
そしてフランシスは、迎えに来た夫チャールズと共に、屋敷へ戻って行ってしまった。
燃えさかる迷路を、当たり前のように静かに見つめるフランシスとチャールズ。アレックスの産みの親である乳母と共に、炎を迷路の中で見つめるダニー。「この屋敷はこれからも何も変わらない」と話す乳母。そしてアレックスが埋葬された場所をダニーに教えた。
アレックスの墓を訪れたダニー。「アリスター」の名が刻まれた墓地に、彼はメッセージを残す。
「Alex - I found you - you found me - love Danny」
(アレックス ー 俺は君を見つけた ー 君は俺を見つけた ー 愛している ダニー)
ロンドンに戻ったダニー。バッグを持った彼の姿は、未来と希望に満ちた学生たちで混雑するロンドン大学のエントランスの中へと消えて行った。

London Spyの脚本 Amazon UKより拝借

トム・ロブ・スミスが描いたエンディングの他にも、TVとは設定が異なる場面や、削られてしまったセリフなど、「London Spy」をさらに深く知るためにもお勧めの1冊です!

そして、その中にはファンから寄せられたオマージュ作品が収録されます。放送直後からネットにアップされた数々のファン・アートにトム・ロブ・スミスはとても感動したそうです。

「『シャーロック』や『ドクター・フー』のようにビッグなドラマなら分かるけど、自分自身は全く予想もしていなかったよ。あんな思い入れや細部へのこだわりなんて、しかも世界中からなんだ。どれも美しい作品だった。それが合法的には番組を観られないはずの人達からだとしてもね。」
ー トム・ロブ・スミス インタビュー 2015年12月17日 ザ・ガーディアン

賞賛と批判に揺れたドラマ「ロンドン・スパイ」。それはスパイ・ドラマのタッチでスリリングに観る者を惹きつけながら、最大の謎は人間自身であり、世界から弾き出された者達が互いを求めあう姿を、残酷だけど心が痛くなるほど美しく描いたドラマだったのです。

優れた芸術は評価が分かれるものならば、今、TVはその頂点に達しているのだろう。小説家トム・ロブ・スミスのデビュー作「ロンドン・スパイ」は崇拝され、嫌悪された。
ー ガブリエル・テイト  2015年12月7日 デイリー・テレグラフ

ああ、こんなドラマが観られるイギリスが羨ましいです・・・。


こんなシーン、無いんですけど・・・サービス・カット?? / BBC