再度、アラビアのロレンス 足跡を巡る旅 in UK May/2006
5月27日/ドーセットへ小旅行 part 2
そして3ヶ月振りのクラウズ・ヒルに到着。ところが駐車場が既に満車!シーズン中はこんなに人気なの??もっと閑散としたコテージを想像してたのに。

クラウズ・ヒル
このコテージを管理しているのは、英国の歴史的建造物や自然などの保全活動をしている団体「ナショナル・トラスト」ですが、友人いわく、ナショナル・トラストが管理する場所を巡るのを趣味にしている人たちがたくさんいるそうで、そのため、今回のようなホリディ・シーズンは特に混雑するのだそうです。
シャクナゲの木の陰になんとか駐車できる場所を見つけ、門をくぐると、2月とは景色が一転。イギリスらしい緑の木立の中にクラウス・ヒルがありました。
すると、コテージの横の斜面から降りてきた人たちがいたので、私達もまずそこへ登ってみることにしました。ロレンスを追っかけていたパパラッチが、この斜面の上から撮影したクラウズ・ヒルの写真がありますが、その写真のコテージは林の中にあったのに、今は斜面も丈の低いシャクナゲなどが植えられ、手入れされた雰囲気になっています。
そんなコトを考えていると、さらに先まで歩いていった友人が戻ってきました。
「何かあった?」
「ううん、すぐ行き止まりになってたよ」
「あ、だってその先は『danger area』だもん」
「そうか、戦車の弾が飛んでくるかもね〜」
なんて笑いながら降りていくと、ちょうど先客を見送ろうと管理人がコテージから出てきました。
軽く挨拶をしておいて、コテージの中が混雑しているみたいだったので、先に庭のガレージに寄りました。ガレージの周りの木々もうっそうと生い茂っていて、冬よりずっと明るい雰囲気でした。そのせいか、前回はヘコんで読む気にならなかった壁のパネルも、じっくり読んでみました。
「そういえば、このコテージにはキッチンとトイレがないんだよ。」と、友人に話すと、
「えっ、なんで!?」
「ロレンスはね、自分の肉体をすごい軽視してたの。だから、食べるとか排泄とか、肉体の生理現象のための場所なんて、作りたくなかったんじゃないかな。」
「げ〜っ、やっぱり変わりモンだよ。変人だよ。」
確かにね(苦笑)
パネルにもロレンスはあえてトイレを作らず、外の茂みの中で用を足していたと説明がありました・・・それって、もしかして、今、登った斜面の足下にはロレンスの・・(もう跡形もないってば。)
そして彼がコテージで使っていたティーポットの話しが書いてあり、ロレンスは水と紅茶しか飲まず、コテージでも客にお酒が出されることはなかったそうです。そんなところからも、ロレンスは「禁欲主義」と言われていますが、しかし読み進んでいくと、そのティーポットとカップは、近くの村の工房での特注品で、しかも紅茶もロレンスが注文したオリジナルのブレンド品だったそうです。うーむ、ロレンスが好きなウィリアム・モリスは「アンチ大量生産/職人の復権」を提唱した人なので、そのの考え方に沿っているとも言えるけど、「禁欲主義」とはかけ離れてる感じだなぁ(苦笑)
そして、大盛況(?)のコテージは、管理人が1階、お手伝いの女性が2階を案内してました。2階も1階も、ロレンス展に貸し出されていた蓄音機などがちゃんと戻っていました。目の前で見ると、やっぱり蓄音機は巨大だし、ソファーは意外に小さかった・・・と、いうか、太めの人では座れないくらい狭いソファーでした。ほんとにロレンスって小柄だったんだなぁ。家具がそろっていると、やっぱり部屋が生き生きしている感じ。2月とはずいぶん違う印象です。

丘の上から見たクラウズ・ヒル
それで今回は、ロレンスの「知恵の七柱」の日本語版を持参してきました。クラウズ・ヒルの「BOOK ROOM」には元々ロレンスの蔵書が2千冊あったそうですが、彼の死後に寄付されたり処分されて、今は本棚が空っぽなのです。それで、ここを訪れた人たちが、ロレンスに関する本などを寄付してくれていると、管理人から聞いていたので、ダブって持っていた「知恵の七柱」(日本語版)第1巻をクラウズ・ヒルに置いてこようと思ったのです。
次々と訪れる人達の対応をしていた管理人の手が空いた時に
「これ、持ってきたよ。寄付するね。」
と渡すと、管理人が
「お〜っ、アリガトウ!この本はまだなかったね。じゃあ、お返しに。これは僕の私物だから。」
と、本棚からロレンスが翻訳をしたホーマーの「オデッセイ」のペーパーバックをくれました。
なんだか物々交換したみたい?それから本棚を見ながら少し話しをしていたら、ロレンス像があるウェアハムには、ロレンスの本をたくさん扱っている古本屋さんがあると教えてくれました。
そんな時、緑の丘に立ったラクダに乗ったロレンス像の写真に気付きました。これは2月に訪れたロレンス展にもあったけれど、何の説明もなくて分からなかったんですよね。なので管理人に聞いてみると、なんでもこれは個人の庭にあるロレンス像なんだそうです。そして毎年6月1日だけその庭を公開しているそうで、自宅にそんなモン置いちゃうのか!すげぇ!私も自分で作っちゃおうかしら(笑)
4ヶ月振りのクラウズ・ヒルを堪能して、管理人と挨拶してコテージを出ました。と、そこで突然思い出したのが、コテージの近くにはロレンスが作った貯水池があって、木造の屋根はなくなっているけど、そのプール跡はまだ残っているらしいのです。慌ててコテージに戻って、
「ごめん!最後の質問!」
と、管理人に聞くと、現在そこは道を挟んだ向かいの民家の敷地になっていて、その人が保存しているけど、見ることは出来ないんだそうです。
「この時期は木が茂って見えないんだけどね」と、2階の窓辺に案内されて、「あの辺にあるんだよ」と教えてくれました。
そんなコテージを後にし、次はロレンスのお墓を再訪。

ロレンスの葬式を行った教会
まずは前回に寄れなかったセント・ニコラス(St.Nicolas)教会に寄りました。ロレンスのお葬式が行われた教会ですが、この日は敷地の中で植木の販売会をやっていて、ここも随分と賑わっていました。とても小さな教会でしたが、でも窓ガラスがステンド・グラスではなく(どういう名称か分からないけど)すりガラスに絵が描かれていました。
「ここのガラスが綺麗だとコテージの管理人から聞いていたんだけど、こんなガラスは珍しいよね」
「うん、こんなガラスを使った教会は初めて。」
と、友人もあちこち見て回っていました。
ロンドンで買っておいた白い大輪のダリヤを持った私を見て、植木を売るおばあちゃん達が笑いかけてきました。ロレンスの墓参りに来てるのが分かったのかなぁ。
道路をはさんだロレンスのお墓に行くと、こちらも今回は花がたくさん置かれていました(ちょうど命日の後だったからかな?)お参りしていると、次々と人が訪れ、なかなか賑やか。そしてお父さんが子供たちに「ほら、ここがT.E.ロレンスのお墓だよ」と教えていました。やっぱりイギリスではT.E.ロレンスは有名なんだなぁ、と感心。
偶然にも、友人のご主人は、両親がこのドーセット州の出身なので、この地域をよく知っているそうです。(先に訪れたタンク・ミュージアムも子供の頃によく行ったそうです。)彼によると、ドーセットの人達の自慢はロレンスとトマス・ハーディ(ロレンスとも交遊のあった作家)で、特にロレンスについては、彼がドーセットを気に入って、それでここに住み着いたのを、誇りに思っているのだそうです。縁もゆかりもなかったこのイギリスの片田舎に眠っているロレンスですが、村の人は彼を受け入れてくれていたんだね。冬の静けさとは全然違ったけれど、村の人達の暖かさを感じたお墓参りでした。

訪問者が絶えないロレンスのお墓